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2016年8月 4日 (木)

奥州道中(陸羽街道)、青い森鉄道浅虫温泉駅から三厩まで歩く④(二日目) 蟹田宿から平舘宿まで

午前11時30分、蟹田宿を通過して行くとその先で国道280号線から旧道は左手に分かれた。
 
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そこから20分ほど歩いたところには、国道沿いを歩く時とは違った雰囲気の町並みが続いていた。
 
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それにしても人はいないし車も滅多に走っていない。
 
そして旧道に入ってから30分ほど進むと、少しずつ高台に入っていた。
 
右手下には国道280号線と、その先にある漁港が見えていた。
 
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その辺りで朝から15キロメートルほど歩いて来ていたので公園等があったら一休みしたいと思った。
 
しかし、そのような施設等全くなくどうしようかと思ったが、前からも後ろからも歩いて来る人はいないし、また車も全く走ってなかったので、道端で適当なところを探して休むことにした。
 
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その辺りは左手の崖が切り取られてコンクリートで固められていたので、江戸時代の頃の道は今よりももっと狭かったに違いない。
 
また、今まで歩いて来た海沿いの道ではなく山側を歩くことになっていたのは、海沿いは海が迫っていて道が確保出来ない状態だったんだろう。
 
さて、休憩を終えて歩き始めると、旧道は徐々に下り始めて10分ほどで再び国道280号線に合流した。
 
そして、その先で次の宿場平舘村に入った。
 
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そこから数分ほど進むと、旧道は今度は国道280号線から右に分かれて入って行った。
 
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そこから暫くは海沿いの道を進んだ。
 
この辺りは平舘磯山地区だったろうか、、、旧道の脇に並ぶ家屋。
 
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そして右手には、恐らくホタテの貝殻だろう、、、それらが山になっているのが見えた。
 
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さすがはホタテの町だ。
 
そう言えば、ここまで来る間にも、ホタテの加工工場のような施設がいくつもあった。
 
青森市内を過ぎてからは右手に漁港をたくさん見て来たが、この辺りではホタテ漁が多く行われているようだ。
 
そして、再び国道280号線に合流すると、そこからはまた暫くの間国道となっている道を歩き、午後0時50分の頃、平舘舟岡地区に入った。
 
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その先今度は国道280号線から左手に分かれて旧道は進んだ。
 
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その先で国道280号線に合流すると、右手には「青森ほたて」の看板が立っていた。
 
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そして午後1時50分の頃、右手に「吉田松陰 乗船の場」と書かれた案内板が現れた。
 
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何と、吉田松陰は東北にやって来ていたとは!?
 
それで調べたところ、吉田松陰22歳の時、当時津軽海峡を外国船が堂々と往来していることを知って、脱藩覚悟で東北地方にやって来たと言うのだ。
 
そして苦労の末三厩に到達し、その帰り道、平舘のここから舟に乗って青森に向かったらしい。
 
いやぁ~~、街道歩きをしていると、いろいろと勉強になるものだ。^_^;
 
その先10分ほど進むと、民家の脇に青いそれほど大きくない網が小さくまとめられていた。
 
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それはホタテを採る網だと、後でペンションで聞いた。
 
その先旧道の脇に並んでいる建物。
 
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今まであちこちの旧街道を歩いて来て、このような景色を見たことはなかったので何と言っていいかわからないが、壊れかけた建物や人が住んでいないような家もあったようで、何とも静かな旧街道、と言う感じだった。
 
その辺りになると、下北半島が更に近くに見えた。
 
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そして、時々津軽半島との間をフェリーやタンカーが走っているのが見えた。
 
後でペンションで聞いたところによると、平舘と下北半島の間は一番短いところで12キロメートルしかないと言うことだった。
 
またこの辺りは漁業をしている家が多いようで、何と呼ぶのか、浮き球のようなものがたくさん並んでいた。
 
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そして、これは平舘のマンホールの蓋。
 
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灯台がモチーフになっているが、確かに灯台があった、、、と言うかこの日泊まるペンションのすぐ裏が灯台だった。^_^;
 
その先左手には、閉鎖したガソリンスタンドがあった。
 
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これまでも何カ所かでこのような閉鎖したガソリンスタンドがあったが、これからどうなってしまうんだろうと心配になった。
 
その先平舘村の中心部辺りに入ったところで、左手に「不老不死温泉」の案内板が出ていた。
 
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実は今回の歩き旅を計画した際に、平舘で泊まろうと考えてまずこの温泉を候補にしたが、翌日の行程を考えて出来るだけ三厩に近いところで泊まれるところがいいと考えなおして、ここはパスした。
 
その頃時刻は午後2時半近くだったので、ここに泊まることにしていたら、随分と早いチェックインになっていたところだ。^_^;
 
その先20分ほど進むと、左手には平舘神社が建っていた。
 
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村の名前が付いている神社だ。
 
そして更に10分ほど進むと、目の前には旧道の左右に立派な松並木が現れた。
 
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そこには「津軽国定公園入口」と書かれた看板が立っていたが、そこから暫く先までは国定公園内のようだった。
 
そしてその先進むと、目の前に「史跡 平舘台場跡」と書かれた案内板が立っていた。
 
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ここは江戸時代、嘉永二年(1849)に外国船に対する守りと言うことで弘前藩が構築した砲台跡で、その2年前に異国船が現れて乗組員が上陸したので急ぎ構築したのだと言う。
 
その奥には土塁の跡がしっかりと残っていて、当時の緊張感が伝わって来るようだった。
 
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そしてその一角には、久々にそこが松前街道であることを示す石柱が建っていて、それが何だか嬉しかった。^_^;
 
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その先にこの日泊まるペンションがあったが、まだ時間が少し早かったので、近くにあった「おだいばオートビレッジ」と言う施設に立ち寄って、そこで一休みしつつ缶ビールを買って一息ついた。^_^;
 
ちなみに、その向かいには「道の駅 たいらだて」があったが、土日しか営業していないとのこと。
 
よほど平日は人がいないんだろうなぁ~~、と何とも寂しい気持ちになった。
 
・・・
 
と言うことで、少々早いが午後4時15分の頃、松前街道沿いに建つ「ペンションだいば」に到着した。
 
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そう言えば、、、。
 
「ペンション」と名の付く宿泊施設に泊まるのは20数年ぶりだろうか。
 
と思うと、何だか少し嬉しい気分だった。^_^;
 
・・・
 
部屋の窓を開けると、海の向こうには下北半島、そして窓の外には灯台が見えていた。
 
・・・
 
以下、続く・・・。

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