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2016年8月 5日 (金)

奥州道中(陸羽街道)、青い森鉄道浅虫温泉駅から三厩まで歩く⑤(三日目) 平舘宿から外ヶ浜町砥石辺りまで

長かった奥州道中(陸羽街道~松前街道)歩きのいよいよ最終日、予定通り歩ければ午後にはゴールの三厩に到着するのだ。
 
この日は街道歩きのための鉄道やバスでの移動はなく、宿泊したペンションだいばの真ん前の道が奥州道中(松前街道)となっているために、宿で朝食を摂ると、その後サクサクと街道歩きをすることが出来た。
 
と言うことで、時刻は午前7時30分。
 
三厩に向けて、レッツ、スタートだ!ヽ(^o^)丿
 
・・・
 
宿を出ると、目の前には昨日の延長のように、松の木が並んでいた。
 
Img_3421
 
朝から気持ちがいい。
 
そのすぐ先に、「外ヶ浜(三厩)25km」と書かれた標識があった。
 
Img_3424
 
25キロメートルとなると、平均時速4キロメートルで歩けば6時間ちょっとのところだが、写真を撮ったり休憩したりすることを考えれば歩く速度はもっと遅くなる。
 
実は、この日は朝から頭の中では、三厩に何時頃着けそうなのか?、、、と言うことを考えていた。
 
と言うのは、三厩駅から出るJR津軽線は午後だと1時間から2時間に一本しかないので、何時に三厩に到着するかが大きな問題だったのだ。
 
さて、その近くの海岸沿いの壁には、そこが国道280号線であることを示す表示があった。
 
Img_3426
 
そこには「松前街道」と言う文字も書かれていて、なかなか洒落ているんじゃないかと思った。^_^;
 
また、その数分歩いた先には「石崎沢(1)遺跡(縄文時代)」と書かれた案内板が立っていた。
 
Img_3430
 
道の端にぽつんと、それとなく立っていたが、これってなかなかすごいことなのではないだろうか?
 
縄文時代からこの辺りには人が住んでいたってことでしょ?
 
いやはや、、、恐れ入りました。
 
ちなみに、ここでは(1)と書かれていたが、その先には(2)と書かれた案内板があった。
 
そして、宿を出発して30分ほど進むと、前方に巨大な構築物が見えて来た。
 
Img_3434
 
これは一体何なんだろう?
 
それに近づくに連れ、その巨大さが増して来たように感じたが、形と言い大きさと言い、今までに見たこともないようなもので、それが何なのかわからなかった。
 
そして、この日も道路沿いにはあの祠と百万遍の碑があったが、これはガラス戸で中が見えるタイプだった。^_^;
 
Img_3436
 
中のお地蔵さんはやはり着物を着ていた。
 
更に旧道を進む。
 
Img_3439
 
あそこを海岸線に沿って歩いて行くと思うと、何だか大変だな~とつい気持ちが弱くなってしまう。
 
その先歩道を歩いていると、歩道に何と、洗濯物が干してあるではないか!?。
 
Img_3445
 
まぁ、それくらい、ここは人通りがないと言うことなんだろう。^_^;
 
宿を出てから約35分、「外ヶ浜(三厩)21km」の表示があった。
 
Img_3453
 
と言うことは、時速4キロメートルくらいのペースで来ていると言うことだ。
 
今のところ順調だ。^_^;
 
そして、午前8時40分過ぎ、平舘村を出て今別町に入った。
 
Img_3455
 
その後10数分進んだところ右手に「岩屋観音」があった。
 
宿で、この先に岩屋観音があると聞いていたのでそんなに遠くないと思っていたが、かなり先だった。
 
その右手にあった階段を下りて行くとその先に祠があった。
 
Img_3460
 
また、その祠の近くの岩壁に花が咲いていた。
 
Img_3464
 
これは、なでしこだろうか?
 
そして、その先には「鬼泊トンネル」と書かれたトンネルがあった。
 
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鬼泊と言う名前からして、江戸時代は難所だったことが伺える。
 
そして、トンネルが開通する前は海側を越えたのか山側を越えたのか、と思いながらトンネルを出て振り返ると、、、。
 
Img_3471
 
トンネルの海側が何となく歩けそうな雰囲気だった。
 
恐らく、海の状況を、満ちてるとかひいてるとか、波が荒いとか静かだとか、それを見ながら通っていたのかもしれない。
 
そして、トンネルを出た先左手には「だるま滝」があった。
 
Img_3476
 
大きな岩の肌を撫でるように幾筋もの小さな水の流れがあって、その岩の形からその名前が付いてるかもしれないと思った。
 
そこから10数分進むと、今度は扉がない形の祠があった。
 
Img_3483
 
今までの祠はほとんどが扉があってそれが閉まっていたので中のお地蔵さんの姿がよく見えなかったが、これならよく見えた。
 
この頃時刻は午前9時20分の頃だった。
 
・・・
 
以下、続く・・・。

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